必ずしも私自身が行ったことがあるお店とは限りません。行ったことが無くても、メディアやHPなどを通じてコンセプトを十分に提示し、見込み客に対しても十分な興味を喚起・維持するお店も(少数ながら)ありますし、どう見てもターゲット客が不明確で、必要な情報を伝えられていないお店も多くあります。
ただ、あまりにも無名のお店だと、このエントリーの読者の方が共感も反感のいずれも抱くことができない・・・一定以上は有名なお店が良いと思いまして、今回は有楽町のアピシウス(Apicius)を取り上げてみたいと思います(L'OSIERではなく、レ・セゾンでも、L'ecrinでもなくアピシウスです)。
- 概要
- 1983年開店。初代オーナーは自動販売機を扱う株式会社アペックス(APEX)の経営者、森一氏。贅を尽くした最高の料理を出す店として造られた。今は亡き高橋徳雄さんが開店から15年間、料理長を務めた。ユトリロ、アンドリュー・ワイエスの絵画やロダンの彫刻(もちろん本物)が店内に飾られている。日本のクラシック・フレンチの保守本流。2007年4月に全面改装。スペシャリテの「小笠原産海亀のコンソメスープ・シェリー風味」は他では絶対に食べることができないはず ~ 料理通信 2007年3月号、LE CHEF 2005年 Vol.3 参照
- 住所/電話番号
- 〒100-0006 東京都千代田区有楽町1-9-4 蚕糸会館ビル地下1階/03-3214-1361,1362
コンセプトは「贅を尽くした最高の料理を出すレストラン」といって間違いないでしょう。
前回のエントリーに記述したコンセプトの構造に照らし合わせて各階層がどのように確認してみたいと思います。
【第1階層(前提)】
「贅を尽くした最高の料理を出すレストラン」というコンセプトは東京在住のフレンチ好きには周知のことです。完成度を求められる職場ですし、ある意味判り易いコンセプトですから働いているスタッフには共有されている筈です。
お客は、それなりの金額を支払い、それなりの身なりで入店することが店から提案(要求)されていることが承知の上です。その観点からもコンセプトの外部に対する周知・共有も一定レベルを大きくクリアしているでしょう。舞台はそれに相応しい客を選んでいるし、少なくともそこを目がけて行くお客さんもそれを分かった上でアピシウスを選ぶのです。ただ、昼時は客層にバラツキが出るのは避けられないようで、お店側としてもランチ客をディナーに積極誘導するスタンスでは無いと思われます。
食べログに投稿された口コミをつぶさに読んでいくと、訪問客と店との間にどのようなパーセプション・ギャップ(認識のズレ)があったのかわかりますし、今後起き得ることも予見できるような気がします。日本を代表するクラシックなグラン・メゾンですから、初訪問客は高い期待を抱くでしょうし、店側のお客に対する期待も然り。お互いに高い期待を持っている分、ちょっとしたことで不快感を生じる場合もあるかもしれません(一たびお客を迎え入れたら、店がお客に歩み寄るべきですが)。
※なお、「フレンチにはアヴァンギャルドを求めたくなる」ので低い評価をしたといった主旨のコメントを発見しましたが、これはパーセプション・ギャップ以前の話でしょうね。アピシウスがクラシックなフレンチを提供する店であることを知らないわけでも無さそうでしたので。
個人的に気になっているのは、HP上にシガー、煙草の扱いに関する告知が無いことです。ドレスコードについての記載はあるのに、分煙である旨が書かれていない・・・今はドレスコードの方が優先されるような世の中では無いと思うのですが。その辺の感覚のズレは今後、店とお客との間のパーセプション・ギャップ発生の元になりそうな気もします。
ちなみに、コンセプトと思われる「贅を尽くした最高の料理を出すレストラン」やそれに類する言葉がHPには一切書かれていません。知っている人/わかってくれる人だけ来てくれれば良いというスタンスなのかもしれませんが、HPを来店までの導線入り口と位置付けているわけでは無さそうで、コンセプトやブランドの在り様を伝えるメディアとしてのHPになっていない点は今後の課題と言えます。
※あくまでも私見ですが、お店のセールス・ポイントである絵画について、その組み合わせは私には「持っている高級品をあるだけ並べてみました感」が・・・(笑)。
【第二階層】
- 商品力
- 料理、ベバレッジともにハイレベルで必要条件は満たしています。しかし、それは十分という意味でも、変わらなくても良いという意味でも無いありません。クラシックな料理のニーズは今後も一定量期待できるでしょうが、カンテサンスに代表されるモダンな多皿スタイルのフレンチは最先端感は薄れたもののスタイルとして定着し、高級フレンチの競争は激化しています。私は濃厚さと軽さは共存可能だと思っていますし、新しい客層にリーチするためには時代性を踏まえた良質な軽さが必須でしょう。必要無いという声があるでしょうし、これまでも不要な重さは削ってきたと思いますが、さらに10年続けるなら現状をそのまま維持するという選択肢は無い筈です。
- 公開されているワインリストを見ると、かつてのボルドー古酒の圧倒的なお値打ち感は減ったように見えますが、相変わらず重厚なラインナップ。ワイン好きの客層も容易に想像できますが、この種のワインの愛好家がいつまで存続していくことか。料理があれだけクラシックなものですから、ワインのラインナップもそれに見合ったものにしているのでしょうが、ワインがクラス感演出の小道具として機能した時代は終わり始めており、この先デッドストック化しないことを祈ります(L'OSIERのワインリストの方が自由さ・柔軟さを感じます)。
- サービス力
- もう10年以上前のことですが、個人的には、2度ほどレセプションの対応に不快感に近いものを感じたことがありました。もう8年くらい行っていないのですが(汗)、食べログの口コミからサービスに関するコメントを拾っていくと最近は概ね良好な印象を持たれているようです。
- ただ、グランメゾン/三ツ星クラスがひしめく東京で、このレベルのお店が達成すべきサービスは完璧(= 迎え入れた全てのゲストへのアジャストという意味)であると思うと、時折とはいえ、3.0以下の評価が下されている点を、お店は真摯に捉える方が良いですね。
- 立地
- 東京都心で、社用/接待/私用/コアなフレンチ好き、この店の全てのターゲット客にとってこれ以上無く好都合。地下であることを除けば、掲げているコンセプトを実現するには最高の立地と言えるでしょう。
- 経営力(ストックとフロー)
- 上述の通り、経営母体は自動販売機会社(APEX~株式未公開なので細かなデータはわかりません)。現在の代表取締役は森吉平氏で年商は587億円(2009年)。
- 資生堂のL'OSIER、オエノン・ホールティングスのル・シズィエム・サンス・ドゥ・オエノン レストラン、東京放送&ソニーのマキシム・ド・パリ、そして上場企業であるひらまつなどに匹敵する安定した経営基盤かと思います(フォーシーズのロブションは・・・うーん、経営基盤は安定していても、レストラン経営をどこまで本気なのか読みかねています)。
【第三階層~PDCA実行力(継続的改善能力)】
正直、わかりません。アピシウスとしての経営目標も見えてきませんし、目標達成のためにどういう取り組みをしているのかも謎です。ここまでに記述してきた内容などを元に、自分に出来る限りの想像を試みると・・・
- 経営母体のAPEXのビジネスはBtoB(企業間取引)が基本。アピシウスはオーナーが趣味+文化事業的に開始したお店であり、BtoC(企業⇒個人客)モデルです。APEXのノウハウがアピシウスにそのまま活かせる局面はあまり想像できませんし、アピシウスの経営について本社側(ある意味、外部)から口を出す立場(≒管理系)の人間・部門が少ない(もしくは居ない/無い)のではないか。
- 店はAPEXの接待用施設としての位置づけもあるはず。その辺も積極的なマーケティング/集客施策を実行してこなかった理由かも(かつてはロブションを招いてのフェアみたいなことをやったそうです)。
- これらが原因なのかどうかわかりませんが、アピシウスのHPが電話帳+αのレベルに留まっており、誰に何を伝えようとしているのか、Webサイトとしての位置付けが曖昧に見える。
- 少なくともビーコン型のアクセス解析ツールは使用されておらず、Webサイトの効果を定期的に測定・判断しようという取り組みはしていない模様。また、WebサイトにはSEO対策らしきことは全くなされていない⇒グランメゾンのWebサイトとしては全くお粗末。
以上には多少の邪推も含まれるのかもしれませんが、私にはAPEXがアピシウスの業績向上やPDCA実行を積極的に支援しているとは思えません(やっていれば良くも悪くも、もっと注目されているはず)。また、アピシウス自身にも自分たちで現状できる限りの料理とサービスに集中しているのみで、自らの意志でさらに高いステージに移行しようという気迫を察することができません(私のアンテナに引っかからないだけの可能性もありますが・・・)。
クラシックなフレンチという枠組みで考えても競合店は少なくありませんが、何だかんだ言っても、その重厚さは際立っていると感じます。ただし、上述のとおり、カンテサンスなど従来とは異なるタイプの高級フレンチ・レストランが定着し、高級フレンチの顧客層が多様化・分散化した現在、「贅を尽くした最高の料理を出すレストラン」を今までの手法でアプローチし続けるなら、せっかくのコンセプトが陳腐化する恐れが高いように思います。
ということで、アピシウスほどのお店でもコンセプトを時代に合わせて磨き続ける努力を怠るべきではない、ということを言いたかったのです。
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