今回は湯河原の「エルルカン・ビス」を取り上げてみます。
- 概要(HPなどからの抜粋)
- 伊東淳一氏
- 1981年に銀座「レカン」でフランス料理人としてのキャリアをスタートさせ、3年間の欧州滞在のうちに「ルカ・キャルトン」で温前菜、スペシャルテ部門シェフを担当するなど、順調にキャリアアップするも、1994年に徳島「青柳」の門を叩き、日本料理の技術を3年間学んだ後、1997年に恵比寿(渋谷東の東京日産の斜め向かい)に「エルルカン」をオープン。2006年に恵比寿店を閉め、2006年3月に「エルルカン・ビス」を湯河原に開店。自身がサービススタッフとしての経験を持ち、また素晴らしい腕前のシェフ(大城賢一氏)が居ることもあり、しばらくはサービスを担当。2009年、湯河原に自身がシェフを担当するアッパー・ブランド「アンリ・エルルカン」を開店。
- 住所/電話番号
- 〒259-0314 神奈川県足柄下郡湯河原町宮上744-49
- 0465-62-3633
エルルカンのコンセプトはHPに記されています。HPではコンセプトの理解を得るために以下のように階層化されています。
短くまとめると「日本の伝統的技法」と「おもてなしの心」そして「新鮮な食材」がトリコロールとなって「エルルカン・ビス」が存在する、と。ここだけを見ると、アピシウスの「贅を尽くした最高の料理を出すレストラン」というコンセプトとは異なる表現ですね。
コンセプトの内容自体は、後で述べるとして、コンセプトを表現する方法として、HPで階層化/構造化して詳細に表現しているケースはそれほど多く無く、また読み手に論理的にコンセプトを伝えようとしている点に好感を持ちます。
しかし、コンセプトを構成する各要素、「空間へのこだわり」「食へのこだわり」「湯河原へのこだわり」「シェフ紹介」の4つは並列で語られるものでしょうか? 伊東氏のように、日本人のフレンチ料理人として最高レベルのキャリアを積み、その後さらに和食を修行することで彼なりの料理の理想を追求してきた人であれば、「食へのこだわり」は最優先事項のはずなのに、何故?
伊東氏本人や雑誌掲載記事などから断片的に入手した情報を元に私なりにまとめてみると・・・
いずれにしても、コンセプチュアルな店であることを示すことには成功しているように思いますが、そのコンセプトの芯にあるものがボケずにお客に伝わり、さらなるブランド価値の向上に繋がったのか、どの程度のリピートに繋がっているかは疑問に感じるところです。
【第2階層】
しかし、コンセプトを構成する各要素、「空間へのこだわり」「食へのこだわり」「湯河原へのこだわり」「シェフ紹介」の4つは並列で語られるものでしょうか? 伊東氏のように、日本人のフレンチ料理人として最高レベルのキャリアを積み、その後さらに和食を修行することで彼なりの料理の理想を追求してきた人であれば、「食へのこだわり」は最優先事項のはずなのに、何故?
伊東氏本人や雑誌掲載記事などから断片的に入手した情報を元に私なりにまとめてみると・・・
- 伊東氏は賃貸物件で自身の店を経営し続けることに否定的で、借金をしても自分所有の土地・家屋で店を経営する方が店・客ともにメリットが大きいと言っていました。そんな折、現在のエルルカン・ビスの物件に出会い、移転を決意。
- 賃貸で続ける気は無かったにせよ、恵比寿を離れることでお客が離れてしまう恐れもあったと思われる。そのため湯河原という、熱海の奥座敷としてステータスのあるリゾート地が総合的に持つ魅力(食材、客筋の良さ、雰囲気、東京から好アクセス(東京駅から1時間))に拘っていることを強く訴求するために、このようにコンセプトを構成・表現したのではないか。
- 内装デザインや家具を手掛ける企業からの提案で、メディアに事例紹介されることを前提にに比較的安価に家具の販売・内装工事をやってもらったと聞きました。しかも常連客はオーベルジュ的に使うことができる宿泊用の部屋が2Fに用意されている。そういった経緯から内装空間について料理以上に拘りをもって作り上げたと示したかったのかもしれない。
いずれにしても、コンセプチュアルな店であることを示すことには成功しているように思いますが、そのコンセプトの芯にあるものがボケずにお客に伝わり、さらなるブランド価値の向上に繋がったのか、どの程度のリピートに繋がっているかは疑問に感じるところです。
【第2階層】
- 商品力
- ここの料理は一見、優しげに見える。かなり美味しい料理だが、その本質は相当に個性的で食べる人をその瞬間からフィルターにかけるような気さえする。和の技術を完全に使いこなし、料理に関する理論と論理では伊東氏のレベルに並ぶ人はそう多く無いと思うほど。青柳修行の同期の仲間である「龍吟」の山本氏や「銀座小十」の奥田氏が独立の際し、メニュー創作のために店の厨房を提供したり、ゆかりの無い料理人の渡欧を支援するなど、非常に温和で献身的な人間であることが伝わる話が多く、伊東氏自身がプロの料理人の間では精神的な支柱の1つとして機能している部分もあるのではないかと思うこともある。
- しかし、その技術や知識、理論・論理がお店の料理に反映されているかどうか、お客の理解を得られる形になっているかどうか。
- 客によって、好き嫌いが分かれるのは間違いない。フレンチでありながら、素材の選び方、調理法が日本料理と交わる面積が大きく見えるため、一般的な「フレンチ一直線」な人からすれば、ここの料理の正体は見えずらいと思われる。ここの料理が大好きな私ですが、プレゼンテーションや器の選び方には「?」と思うこともあります(フレンチに「和」を表面的に取り込むのは日本人よりもフランス人の方が上手に見えるような気がするのは私だけでしょうか?)
- なお、個人的にはここのブラジル・プリンはシンプルながらプリンの最高峰だと思っています(確か、伊東氏が修行した徳島の「青柳」で出している「昔プリン」のオリジナルは伊東氏が作ったものだと・・・?)。仙台の卵屋さん「花兄園」がこれに惚れ込んで、市販化しています。
- ワインリストについては、1つ1つはお値打ちだったり、掘り出し物と感じるものがあります。しかし、全体を通して見ると一貫性に乏しい、軸が無い。恵比寿時代から少しずつビオディナミのワインを扱っており、ここの料理との相性を考えると正しい方向なのは間違いないですが、いかんせん魅力的なワインがラインナップされていない。また、料理との相性について専門性豊かに提案するスタッフもおらず・・・ワインについては、このお店のウイークポイントかと。
- サービス力
- 恵比寿時代は奥様がサービスを担当されていました(正直、可もなく不可も無く)。この店で伊東氏がサービスをやっているときは素晴らしい配慮が各所に。やはりコンセプトに掲げている「おもてなし」をオーナーは強く意識している、ということでしょうか。
- 伊東氏が「アンリ・エルルカン」に専任しているのであれば、彼に代わる優秀なサービス・スタッフが「エルルカン・ビス」に必要ですが、現在はどうなっているのか・・・?
- 個人的にはお箸でフレンチを食するのには抵抗がありますが、観光地にあるリゾート・レストランという位置付けもあるゆえ、フレンチを食べ慣れない人に対する配慮ということで前向きに捉えるべきでしょう。
- 立地
- 上で述べたように、東京から1時間で到着できる温泉リゾートというロケーションは悪く無く、ここでの食事を目的に湯河原を訪れる人も多いと思います。ただし、タクシー以外の手段での来店は難しい(自家用車で迷わず来られる人は凄いと思います)。
- また、当り前ですが、自家用車で来るとお酒が飲めないので、日帰りの方は気を付けないといけません。そういう意味では予約すればレストランの2Fで滞在できますし、すぐ近くに有名な温泉旅館「石葉」があり、双方取り次いでくれるので、宿泊を前提に来店する方が良いのかもしれません。
- この立地での課題はリピート。この場所に年に複数回来てもらえるようにするには顧客ターゲッティング、顧客管理、HPやメルマガなどを使った最新の情報提供などが欠かせないでしょう。
- 経営力(ストックとフロー)
- 個人経営店ですから資金力についてはわかりません。この規模のお店を3年以上経営し、さらに2009年に2店舗目を新規開店させているのですから金融機関や出資者との信頼関係は築けているのでしょうね。実際話をしても、コスト・コンシャスで非常に合理的なモノの考え方をされる方です。
【第三階層~PDCA実行力(継続的改善能力)】
アピシウスの時と同様、想像するしかありません。
- これまでに、折に触れ雑誌などに紹介されていますが、伊東氏のブログに彼が現状打破のために料亭「青柳」の門を叩いた経緯が記されています。現状打破のための実行力の高さは彼の経歴が物語っています。
- また、レストランのための不動産を取得し、収益を改善した(はず)という点を見ても、大局的な視点からの自己改革に成功していると言えるのではないでしょうか。一方、お店という単位ではどのように継続的に改善しているのか・・・不明です。
- 集客施策については、現在も実施されているプランなのかどうかわかりませんが、近所の温泉旅館「石葉」と提携した宿泊プランなどがありました。「石葉」から、飲食感度の高い、筋の良いお客がエルルカン・ビスに流れてくる良い集客システムを開店時から構築した点に伊東氏のビジネスセンスの良さを感じます。
- ただ、このコラボレーションも過ぎると、場合によっては石葉と同じ客層に限定されてしまうことが足枷になり、コンセプトや価値が新しい潜在顧客に対して拡がりにくくなる恐れがあります。店への流入経路を多重化する取り組みをすべきで、個人的にはその辺の継続的改善がどのように進んでいくのかウォッチしたいと思っています。
- 単なるリピーターではなく、エルルカン・ビスのコンセプトの信奉者がどの程度増えたのかも気になります。カンテサンスやア・ニュといった最先端フレンチよりも早い時期から新しい視点から天然食材に切り込んでおり、料理の美味しさと個性・新しさを良いバランスで表現しているように見えるのに、そういった店に比べればサプライズが少なく大人しく見えてしまう・・・
- 伊東氏本人は表面的なサプライズを否定する一方で、自身のコンセプトを周囲から受け入れられようと努力してきた人。にも拘わらず、私の周辺の飲食仲間に伊東氏の料理を積極的に食べたいと思う人が少ないのは、コンセプトを魅力的に見せるプレゼン力の弱さと自身の人脈を自分のためにではなく、周囲の人の為に使う機会の方が多い(結果として商売っ気が少なく見える)ことなどが理由かと察します。
- この点を改善するためのきっかけとして、伊東氏ではなく現シェフの大城氏あたりから動きを起こせば、店として会社としての地力がうんと増すはず。
恵比寿店がまだあった頃、伊東氏から「和の技法を上手に使っていきたいけれど、和の発酵調味料だけは使わないのが自分なりのポリシー」とおっしゃっていたことを思い出します。他のフレンチ料理人が思い付きで醤油や味噌を使うのとは全く異なるアプローチで和の技術の本質に修得し、料理毎に最適な包丁の選択・使い方、自分が信じる加熱方法などを非常に理論的・論理的に駆使しています。
伊東氏の著書「和の技法が生きるエルルカンのフレンチ(講談社)」の「僕が日本料理の技法をフレンチに取り入れる理由」を読み、また各調理手順のページを読めば、彼が料理人として非常に高いステージに居ることがよくわかります。
しかし、そのハイレベルな料理をどうすればもっとビジネス的に成功に繋げられるのか。空間や土地への拘りは気持ちとしてはわかるけど、そこをやはり料理に集約してこそ、エルルカン・ビスのコンセプト、そしてアンリ・エルルカンのコンセプトが花開くのではないかと感じます。せっかく料理人として卓越したビジネスセンスを持っており、しかも彼が考えるフランス料理のあるべき姿が十分に見えているのだから、その両方をうまく組み合わせて、さらなる発展を遂げる余地を持っていることを十分にて活かして欲しいという勝手な思いを抱きつつ、このエントリーを終わります。
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