2010年6月22日火曜日

レストランの経営戦略とその効果(株式会社ひらまつ編~その4(最後))

間に別のネタのエントリーを挟んでしまいましたが、株式会社ひらまつのブランド戦略の改善余地を考えてみたいと思います。

ブランド価値自体を計る明確な指標はありませんし、それを推し量る定量データが開示されているわけではありませんが、2010年9月期 第2四半期決算説明資料に各ブランドの平均客単価(夜)が記載されていました。
















ひらまつはコーポレートブランド、ASOはそれに続く位置づけとミシュラン2つ星という実績からも「ツートップ体制」と言える単価設定と言えるでしょうか。ですが、インポート・ブランド4つ(ボキューズエーベルランプルセルD&D LONDON)はどうでしょう?

ボキューズは本国では知らぬ人がいない有名シェフで、料理人として初めてレジオン・ドヌール勲章を授かり、リヨンの本店は44年連続でミシュランから三ツ星の評価を受ける大グラン・メゾンです。ジスカール・デスタン大統領に捧げたトリュフのスープやスズキのパイ包み ソース・ショロンなど、コアなフレンチ好きなら誰でも知っている必殺のスペシャリテを持っており、フランス料理のグラン・シェフとして時代を超えて頂点を極めた1人だと言えるでしょう。

そんなボキューズ・ブランドを日本に引っ張ってきた平松社長の人脈と手腕は素晴らしいと思いますが、日本での展開には個人的には疑問を抱いています。

ボキューズの署名が入ったようなスペシャリテを常時食べることができる代官山の「メゾン」や金沢の「ジャルダン」はともかく、「ブラッスリー」はわかりにくい。そもそもブラッスリーという業態の定義が日本では非常に曖昧だし、トップラインが定着してからブラッスリーをやるのならともかく、一気にここまで展開してしまうとトップラインの価値が希薄になります。ブラッスリーという業態が定着しているフランス現地とフランス料理の王様「ボキューズ」の組み合わせには必然性が感じられますが、日本ではまだそれぞれのブランド価値も高まっていないし、十分な訴求もできていないように思います。

さらに、ボキューズのトップラインの東京地区でのロケーションに関して言うなら、歴史を考えれば、ひらまつが代官山という土地に思い入れがあるであろうことは想像できますが、2010年現在の代官山は、活気と先進性に乏しく、またメゾン・ボキューズのお客が集まるような街では無いような気がします。近くに住んでいる地元の人が常連だというのなら話は別でしょうが・・・ポール・ボキューズというブランドの価値を国内でさらに高めたいのであれば、銀座Velvia館にD&D LONDONのICONIQの代わりにメゾン・ポール・ボキューズを出すべきだったのではと思います。

D&D LONDONのことにも触れておきます。
テレンス・コンランは国内では「コンラン・ショップ」や森ビル関連の施設デザインなどで認知を得ているライフスタイル・プロデューサー(?)とでも言いましょうか。D&D LONDONはテレンス・コンランが経営するレストラン事業会社兼ブランド名で日本ではひらまつがブランド使用ライセンスを取得して各店を運営しています。

私はD&D LONDONブランドのお店はアイコニックもボタニカも行ったことが無いので、偉そうなことを言える立場では無いのですが・・・敢えて言うなら、テレンス・コンランというブランドをひらまつが担ぐことの意義がよくわかりません。平松氏は経営者であり、「ひらまつ」のブランドマネージャーであり、料理人です。この「料理人」という部分の根っこがしっかりしているから成功したと思っています。

しかし、テレンス・コンランという人は自身は料理人では無く、デザイン畑から成功したビジネスパーソンです。テレンス・コンランという人がレストランを経営する必然性はそれなりに感じますが、その根っこはあくまでもデザインであり、夜の客単価が13~16千円という高額な食事代の本質(原価)はどこにあるのか問えば、ひらまつの方はどう答えてくれるでしょう?。

私は、ブランドの価値はどこか1つ突出した個性のみによって成り立つものでは無いと思っています。クオリティ・レストランという非日常空間で美味しい料理を最高のサービスでいただく、ということを考えれば、レストランのブランドの価値は基本的に各要素の掛け算で得られるのではないか、と思っています。例えば、以下のような感じです。

・料理:90%
・内装・雰囲気:70%
・サービス:80%

ここでいうパーセンテージの意味は、ブランドバリューやコンセプトが各要素にどの程度具体的に反映されているか、ということです。上記の例であれば、トータルでは・・・

0.9(料理) x 0.7(内装・雰囲気) x 0.8(サービス) = 0.504 = 50.4%

50.4%しか、ブランド価値を訴求できていないということになるのではないでしょうか(もちろん、人によって優先順位は違いますし、それによって係数が変わります。料理を重視する人であれば、そこの係数(比重)が大きくなるでしょう)。

D&D LONDONが料理に注力していないとは思いませんが、D&D LONDONの本質を伝える中心は料理では無いと思っていますし、ICONIQの総料理長をリストランテASOの阿曽氏が務めていることを考えると、やはりD&D LONDONからインポートするブランド価値(ノウハウ・スキル含む)だけでは日本の市場では通用しないということを実感しているのでしょう。ボキューズにしても然り。料理はボキューズのレシピを再現するにせよ、ボキューズの本質を表現した内装・雰囲気、サービスが無ければボキューズを訪問する意味が薄れると思うのです。

ちょっと古い統計データですが、Gooリサーチにこんなデータを発見しました。

・「行きつけの店」の条件~普段使いの店














・「行きたくなくなる店」の条件~普段使いの店














・「特別な外食」の際の店の選び方














・「特別な外食」で行きつけの店にする条件


ひらまつが展開するお店の多くは「特別な外食」ですが、普段使いの店に対するアンケート結果も大いに参考になる部分があると思います。これらを見ても、お客様が店に行く/行かないは特定の要素だけに判断基準があるわけではなく、複数ある判断材料から自分なりに優先順位をつけて判断していることがわかっていただけると思います(正直、アンケートの選択肢には不備・不足があると思っていますが・・・)。

これらのデータと「ブランド」というものを合わせて考えると、「料理」を最大限重視し、さらに口コミが拡がる過程で店の本質が変わった形で伝播することが無いよう、全方位からブランドの個性・スタイルの一貫性を確立し、訴求しなければブランド価値を落としてしまう可能性が高い、という結論が得られるのではないでしょうか。

各インポート・ブランドのライセンス使用料や契約期間がどうなっているかは知りませんが、そういった諸々も支払う値段に反映されていることを思えば、「ブランド・マネージャーの露出機会を増やす」といった揮発性の高いイベントだけでブランド価値を高められるとは思えません。

上記ではボキューズとD&D LONDONを取り上げましたが、エーベルランもそのコンセプトの代弁者である日本人シェフの認知度が低すぎます(プルセルは長谷川シェフがボキューズドールのアジア代表になるなどで認知度が上がりましたね・・・十分とは思えませんが・・・ひらまつがHPをリニューアルした際に、長谷川シェフの露出は減ってしまったように思いますし)。常時、店をリードするシェフがしっかりブランドの価値を基礎から高めていくことが最も重要だと思っています。

なお、各インポートブランドの売上への貢献の程度はわかりませんが、2009年9月期 有価証券報告書に以下のようなデータがありました。






















フランス料理事業本部:6,235,566千円(14店舗、3ブランド)
イタリア料理等事業本部:3,901,044千円(7店舗、2ブランド)

このように比較してみると、イタリア料理等事業本部のほうが経営効率が良いように見えます。ブランドという観点から見て、生産性の低いブランドがあるならば、契約期間内は精一杯その価値を高める努力をして、それでもダメなら契約更新しない、という判断が必要な時が来るかもしれないと思ったりもします(そうならないよう頑張ってほしいです)。

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